Désirée / John Philip Sousa (1882)

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こんにちは「あぽ(@apocryphally1)です。POPSの歴史をたどっていくMuseum of POP Musicのコーナーへようこそ!録音技術が確立した19世紀末ころからの音楽をコレクションしています。100年ほど前の大衆音楽からJazzやBluesが発展していくポピュラー音楽の黎明期を発掘してきますよ。

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Désirée / John Philip Sousa

「Désirée」は1882年から制作が始まった2幕のオペラです。作曲は Sousaが担当し、歌詞はEdward M. Taberが作成しました。イギリスのJohn Maddison Morton書いたコメディ「Our Wife」をベースに作られたこのオペラは、1884年5月1日にワシントンDCの国立劇場で初演されました。フランスを舞台にしたイングリッシュコメディのこのオペラは、アメリカで作られた初期のコミックオペラのひとつでした。

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Désirée のあらすじ

フランスのアミアンでは、リシュリュー枢機卿の時代に、銃士がポマレの織物商に集まり、美しい娘のDésiréeを探していました。彼女のいとこ、マリーは彼らを待っていましたが、まるっきり無視されています。彼らの休暇は兵を集めるラッパの音で中断します。

クールヴィル伯爵が到着しマリーをわきに追いやり、Désiréeに求婚します。しかし伯爵の父親は息子が庶民と結婚することに反対し、求婚を受け入れた場合にはポマレを投獄すると手紙で脅しました。伯爵の上級将校であり友人である英雄、ラバラ侯爵は解決策を提案することにしました。侯爵は結婚式が1時間以内に行われることを条件に、Désiréeとの結婚を提案します。侯爵夫人の父になれると思ったポマレはすぐに同意します。

しかし、侯爵は最近決闘でライバルを殺した罪で有罪判決を受け、死刑を宣告されていました。伯爵はこのことを知りません。リシュリュー枢機卿は、侯爵が絞首台での不名誉な死を迎えるのではなく、3万人のスペイン人との戦いで戦死することを認めました。侯爵は、結婚式の誓いが完了するとすぐに最後の戦いに向けて出発することを密かに計画しています。最初にDésiréeを賛美し、次に彼女を未亡人にしてから伯爵と結婚させることで友人のジレンマを解決するという彼の計画を果たしました。

しかし、嫉妬深い伯爵は結婚計画を知って激怒し、侯爵に決闘を挑みます。伯爵は侯爵に事情を説明する機会を与えていません。侯爵は伯爵を逮捕しました。侯爵とDésiréeは結婚しました。しかし、結婚披露宴では、侯爵は彼女に興味がないようで、Désiréeは軽視されて激怒しています。彼女は父親のポマレを枢機卿に使者として送り、結婚の取り消しを要求します。その間に伯爵は拘束されている場所から逃げ戻り、侯爵と対峙します。侯爵は彼の計画すべてを伯爵に明らかにし、彼の意図が立派であることを彼に納得させるために、侯爵は彼の軍曹をスペインの将軍に即座に挑戦させます。

枢機卿から驚くべきニュースが届きました。侯爵が殺したライバルは裏切り者であることが判明し、侯爵は許されただけでなく英雄となりました。悲しいかな、侯爵はすでに3万人のスペイン人に対して一人で戦いを挑むことを心に決めています。使い慣れた剣を手に、名誉ある侯爵は出発しますが、彼がDésiréeへの愛を宣言する前ではありません。侯爵は戦いで殺されることはなく、彼の予想外の勝利の物語はマスケティアーズと太鼓の少年たちによって盛んに語られます。

勝利した侯爵が帰還してDésiréeと再会しましたが、Désiréeの求めた結婚の取り消しを枢機卿から承認をうけたポマレが到着しました。伯爵は、この最後の問題をきちんと解決するために結婚取消しの紙を破り、マリーと結婚していることを発表しました。彼女は現在侯爵のいとこであるため、彼の妻になる資格があります。ポマレは彼の相手を見つけました、1万フランを貯金していると噂されているマトロンの女教師、ローリーです。こうしてすべてが幸せに終わりました。

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Désirée の楽曲プロフィール

  • Title : Désirée
  • Date : 1882年
  • Composer : John Philip Sousa
  • Words : Edward M. Taber & John Maddison Morton

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